奥 尻ワイナリー退職・婚約破棄の果てに・・・
 私は2008年4 月2日に奥尻島へ移住してきて、同年6月2日より奥尻ワイナリーで働いてきた。 管理部長としてワイン醸造や成分分析、葡萄栽培に携わりつつ、自分の葡萄畑を作り、将来的には独立して、葡萄栽培農家としてやっていけたらという思いが あった。それは奥尻島への移住を打診しているときからの思いであり、伝えてきたので、それは理解されていて、協力してもらえるものだと思っていた。だから こそ私財を投資し自分の葡萄畑を作り、ワイナリーで働きながら仕事以外の時間を最大限利用して、時に暗闇の中ヘッドライトで照らしながら頑張ってきた。
 2008 年10月2日、奥尻ワイナリーにてワイン樽を運搬中に腰を傷 め、動けなくなったものの、仕事を休める状況ではなかったため、痛みをこらえて勤務を続ける。2009年の5月には右足にも痛みが及び、歩行もままならな い状況になってしまう。奥尻ワイナリーでのワイン初出荷と税務署の監査を終え、病院に行ったところ、即入院即手術の診断となり、6月23日〜7月10日ま での入院となった。ただ、理不尽な事に労災の認定はしてもらえなかったので、入院・手術代は自腹となり、私の預貯金では足りず、支払えなかったため、友 人・知人に借金 をして退院する(心苦しくも返済の目処も立たず)。
 職場に復帰してからは腰を労わりながら の作業となったものの、五体満足じゃない人間に払う給料はないとの事で、何度も嫌な思いをする。イ色んな事が重なって不信感は募る中、朝早くから 夜まで働かなければならない状況下で、自分の畑の管理が ままならず、ワイン醸造という仕事を突然奪われ、さらに、私が葡萄農家として自立するという約束も反故にされてしまったため、2010年7月14日に退職 を決意。それと共に、婚約者からは突然の別れを告げられ、中標津のログハウスも空き家になる事から、住宅ローンの支払いなども考え、中標津に引き揚げて再起を計る事に。ただ美 しい 奥尻島は名残惜しく、また来たいと切に思う。
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