馬について
 馬という動物はあなたの身近にいますか?日本では馬はとてもマイナーな動物で、実際に触れたり乗ったり、そういう機会に恵まれる事が実に少ないと思います。そのせいか馬は多々誤解されている動物で、蹴ったり噛んだりする凶暴な動物という認識でいる人も多いはずです。馬は草食動物なので、臆病でこそあれ凶暴ではありません。馬に接して恐い思いをしたとするなら、それは馬へのしつけが出来ていないか、馬への近付き方を過ったからでしょう。馬は犬などと同じように人間の伴侶となりうる動物ですが、日本では経済動物の域を出ていない上、飼い主となる人間側にも問題があるのです。

 仕事で馬の血統登録するため農家を巡回する時もそれを感じたりします。馬を見て特徴(毛色、性別、旋毛、白徴など)をとるわけですが、その飼主から「危ないから近付くな」とよく言われます。それって恥ずかしい事だと思いませんか?そういう馬を育てたのは当の本人であり、自分は飼主として失格だと言ってるようなものですから。まあ確かにそれらの馬は肉として売却する馬かもしれません。でも馬を飼っているという事実は同じはずです。そういう馬の特徴を採る際は、身を低くかがめて馬の視点より低くなり、好奇心をくすぐってやると近付いてきてくれます。自らの好奇心で近付いてくる馬は、人間が何もしない限りまず蹴り飛ばしたりはしません。馬が蹴るのは自分の身を守るためであって、人に馴れていない馬は人が恐いんです。

 馬のしつけは犬のしつけと同じであり、広く考えると子供の教育と同じ事なんです。大切なのは信頼関係に基づく上下間系を確立する事。馬にしろ犬にしろ群れをなす動物なので、飼主がリーダーにならないと、馬と人はお互いに幸せになれません。群れの序列の中で、飼主がペットの下になってしまうと、ペットは飼主の言う事を聞きません。一見言う事を聞いているようでも、餌に釣られているだけの状態である事がよくあります。犬は愛玩動物として改良が進んでいるため、本来持っている野性味や、独立心というものは薄らいでいます。そのおかげで例え上下間系を築けなくても危険な思いをする事は少ないのかもしれませんが、そんな考えでいるのであればペットなんて飼う資格はありません。リーダーに求められる資質というのは、第一に一貫性であり、ダメな事をした時は徹底的に叱り、良い事をした時は誉めてやればいいわけです。簡単な事ですがそれが難しいのです。例えば馬に乗っている時、まったく馬が前に進まなくなったらどうしますか?どうして進まないかという理由にもよりますが、単純に馬のわがままで進まないとしたら、なだめたり撫でてやったりするのではなく、何とか進ませようと努力し続け、根負けしない事です。リーダーの命令は絶対であり、それを守らない馬というのは、その命令そのものを理解していないか、分かっているのに人をなめている(人間との上下間系が確立していない)のかのどちらかです。そこで人が折れるという事はその馬より序列が下になるという事です。人間が馬の御機嫌を伺うようではダメなのです。わがまましても許されるんだという認識を馬に植え付けてしまう事が、後々大変な事になってしまうんです。子供の教育だってそうでしょう?親の資格のない人がたくさんいて驚きます。甘やかす事と可愛がる事は違います。将来を考えると、甘やかす事は親の責任放棄であり、虐待に近い行為だという事を認識できているのでしょうか?親は子に対し心を鬼にしなければならない時ってあるはずです。それが出来ないのなら子供を作るべきで無いし、動物を飼う資格もありません。

 馬が人を信頼していないのは人のせいです。馬は頭の良い動物であり、人の心を読み取ります。人が馬に対して心を開かないかぎり、馬は人に対して心を開かないでしょう。競馬としての馬しか知らない日本人って寂しいです。馬は伴侶、スポーツ、観光、教育、福祉、畜産と多方面に活躍しています。馬が犬など他の愛玩動物との大きな違いは、その背に跨がって乗る事が出来るという事です。素晴らしいと思いませんか?自分が可愛いと思い、信頼しあっている動物に乗れるんですよ?馬は人と同じ地面に立っている状態でのパートナーシップと、人を背中に乗せた時のパートナーシップが存在するんです。乗り手が馬に対する正しい理解と技術、そして深い愛馬心をもっていれば、人馬一体という大きな幸せを感じる事が出来るでしょう。自分自身はまだまだ未熟で、真のパートナーシップを築けたとは思っていませんが、馬を飼っている以上、それを目指して日々頑張っています。いつの日か自分の愛馬とその最大の幸せを感じられたら最高ですね。馬は伴侶なんですから・・・。

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